大きな正義を実現したい

🚗🎩0⃣🏠😠  学生の頃熱い心で私はそう志し、20年以上もがき苦しんできた。「この国を変えたい、日本をもっと良くしたい」だが私にはその才能もなくその境遇にもない。小さな自分には無理なことが45歳にもなると段々わかってきた。

けれどこの小さな私にも、小さな正義なら1つひとつ確かに実現できるのでは?独身女性の家で一晩中相談に乗っていただけと、白々しく不倫を否定する浮気夫。裁判官いわく、「確かな証拠がないしほんとにそうかもしれない」夫の全財産を計画的に持ち出して突然家出し、行方を決して明かさない探索四十妻。「追及する手がない以上仕方ない」ぼけた親をだまして遺言を書かせ、世話を押しつた妹から全遺産を奪う兄。遺言がある以上それを重視すべき」

役員への悪口チャットに明け暮れ、してもない残業代を平気で請求する元社員。「とにかく労働者保護のために支払うべきだ」こうした小悪人たちとも私が本気で戦わないと、理が通って道理が引っ込んでしまう。大岡裁きも今は昔。「正義にとらわれ過ぎると判断を誤る」高裁の裁判官に冷たく言い放たれたショッキングな言葉だ。

世間知らずの純粋培養の裁判官たちは真実を見抜く力もなく、明白な証拠のある事実にしか目を向けようとしない。事実に法律をあてはめるのではなく、法律に事実を探索四十押しこもうとする。確かな証拠がない限り平気で正義まで切り捨て、法の建前はこうだと言って善をくじいて悪を勝たせてしまう。正義が先で法律は後。社会正義の実現のため人の手で  作り出されたのが法。そんな法を自在に駆使して社会正義を実現することこそ、法律家に課された真の務めじゃないのか?

有能なはずの裁判官がやろうとしないなら、私がとことんやるしかない。私はそんな小悪人たちが許せないし、ほっておけば社会はどんどん悪くなってしまう。確かな証拠がなかろうが法の建前とずれていようが、私はただ正探索四十義のために戦う。他に何の取り柄もない私の唯一の取り柄と言えば、人一倍正義感が強いことくらい。

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