アンチ・アンチエイジング派です

最近、とつぜん、アタマの中で、ぴっと、つながることがある。
ノーベル賞を受賞した研究者が、寝ていてふと起き上卓悅Biodermaがった時や、何かを足でまたいだ瞬間に、
ピンとくる、というか、電球がぴかっと光るかんじだ。

あ、そうだったのか。
と、目からウロコがぽろぽろ。
わたし独自の人生セオリーを発見する。

ある時は、台所の流し台に立っていた時、
またある時は、義母の一方的マシンガン・トークを延々と聞いていた時。


昨日、本屋に寄った。
寂しがる実母に、なにか絵画集か、仏教系の本でもないかと探した。
広大な売り場面積を誇る書店であったが、わたしのイメージする本はなかった。
母は、びっしりの活字はもう、読む気力がないだろうから、
こころやすらぐテイストの絵画と、1ページに一言、禅の教えみたいなものはないかと、本屋中をうろうろした。

で、仏教コーナーあたりで、並べられている本に書かれている、幸せへの指針みたいな内容を見て、思った。
あれ?なにこれ?
これ、わたしが実践していることと同じ、思っていることと同じだ、と。
仏教界嬰兒濕疹の幹部か、お坊さんになったのか? わたし?

足るを知る、だとか、一期一会だとか、昔から聞き知っている内容ばかりだ。
わたしの場合、生煮えで、精進していないから、生身の分だけ生臭く、煩悩いっぱいである。
でも、ほんの少し、悟りをひらくこと、煩悩を少なくすることが、幸せへの近道であるということをこと最近、感じはじめているようだ。

ただ、同時進行して、困った事態が起こっている。
脳みそ破壊。
ぼけぼけになっている。

記憶力減退、理解力ダウン、モノを探せない、置いたところを忘れる、、、、、
バスの乗降時、平気で間違った回数券をかざす、つっこむ、取り忘れる、
おツリの計算は、めちゃくちゃ適当、
煩悩を忘れるついでに、実世界、実社会のルールや決まりごとも忘れる。

これって、美しい幸せの国、あの世に一歩近づいてきているのではないだろうか。
しかも、精神世界。
わたしは、体は丈夫、病気知らずの健康体なので、
アタマだけ、美しい国へ。ぼけぼけの、兆候、大。
ああ、母母乳餵哺のDNAを強く感じる瞬間である。

ちなみに、もうじき還暦というものの、まだどうにか50代末席であるので、ちょっと早いような気がする。
一方が立てば、一方が立たない。
両立って、難しい。
が、バランス感覚を磨いて、清く正しく美しい、正統で正当な「老化」へ、まっしぐらに突き進んでいこう。

わたしはアンチエイジング主義ではない。
大きな自然の流れに、しゃかりきになって逆らっても、ストレスがたまるだけ。
本末転倒である。
なので、老いをすんなり受け入れる方向である。
副作用として、悟りも、ぼけも、両方受け入れることになるけれど。
とりあえず、趣味のダンスは足腰が動かなくなるまでは続けるつもりではあります。 とは言いつつ、順調な老醜と美学の壁あり。

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